やーまん

週4日手取り27万の訪問看護師‼︎(夜勤無し!オンコールあり)
週3日の休みを生かしてイベント主催を行ったり、
単発派遣看護をして視野を広げています!
料理とジブリ、BUMP OF CHICKENと細美武士が特に好きです笑
シブ活ナース(室長)として渋谷駅徒歩5分の会議室を管理・運営しています‼︎
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🍀命と祖父🍀

やーまん

やーまんのお話🐽

 

東京の友達と

地元の友達が交じり合うと、

方言でパンクする🤯

どうも、やーまんです!✨

 

 

地元の言葉で話しかけられると

どうしても“なまり”ます😆

 

今日は、

そんな“青森出身やーまん”について

少しお話しようと思います😊

 

そもそも、このブログは

〜やーまんの心の日記〜

と題しているだけあって、

 

“やーまんの自己分析”

 

がメインなのですが、

いつの間にか

イベント運営が楽しくなり、

親友・ムニエルを紹介したくなり、

そして、

ガスが止まりましたww🤣
(ガスが止まった情けない理由と激闘!!)

 

 

そんなこんなで、

 

やーまん
やーまん

そろそろやーまんのことも

書こうかなぁ〜✨

 

と思ったので、

今回はやーまんが

“がむしゃらにでも頑張れる訳”

についてお話ししようと思います🍀

 

それは、

やーまんがお財布に

『Don’t forget 3 May 19』

と刻んだ理由であり、

やーまんと

亡くなったお爺ちゃんの

お話になります。

 

 

時は遡り、

平成31å¹´1月🚶‍♂️

母親から

1本の電話が掛かってきました。

 


(やーまんのお爺ちゃん)

 

 

命の選択🍵

 

平成31年1月末、

病棟勤務を終え

ちょうど、ひと休みした頃でした。

 

両親
両親

もしもし、悠太(やーまん)?

元気にしてらが?
(元気にしていますか?)

やーまん
やーまん

んー、微妙だけど。
(嘘でも元気とは言わないw
本音of本音)

 

両親
両親

あのさ、

お爺ちゃんなん癌だって。

Stage4だって。

(中略)

肝臓と膵臓に4cmと6cmの

腫瘍があるって。

 

母から初めて祖父の病気を聞いた時、

純粋に思ったことは、

 

“87歳だし、しょうがない”

 

そういう気持ちでした。

 

これまでの人生観や

たくさんの患者さんと向き合う中で

“誰もがいつしか亡くなる”

そう心の中で整理されていました。

 

それは決して、

“冷めた”考えではなく、

頭の中での“理解”でした。

 

 

もし、

祖父のこれまでの人生が

祖父にとって素晴らしく、

思い残すことがないのであれば

来るべき“死”は十分に

受け入れる余地があるのだろうと

私は悲しいとは

思いませんでした。

 

 

実際、祖父は

 

お爺ちゃん
お爺ちゃん

もう、やりたい事なんて

ねぇーじゃ。

 

そう、話したそうです。

 

祖父の治療方針は、

信頼している娘に托されました。
(やーまんの母親)

 

そして、

“積極的な治療はせず

自然の経過に任せる”

という方針に決まりました。

 

余命、3〜4ヶ月と

診断を受けました。

 

やーまん
やーまん

GW(ゴールデンウィーク)まで

ぎりぎり

もたないくらいかなぁ。

両親
両親

先生もその位だって

言ってたよ。

・・・まぁ、仕方ないねぇ。

 

青森で桜の開花を迎える春(GW)が

祖父を迎える最後の春となりました。

 

 

 

行くぜ!東北!

 

“祖父がまだ元気なうちに

会いに行きたい!”

 

そう思い、

4月4日〜9日にかけて

青森へ帰省しました。

 

 

3月中旬より、

 

“体調が優れない時もある”

 

そう伺っていましたが、

実際にあった祖父は

病気であることが嘘のように

市場に出掛けては筋子を買い、

回転寿司に出掛けてはマグロを食べ、

ファミレスに行っては天ぷらを食べて、

自由に過ごしていました。

 

 

昔ながらの人柄で、

あまり自分の気持ちを表現しませんが

自分の人生と向き合っていたのだと

思います。

あの時の祖父はやりたい事を

やり尽くしているかのようでした。

 

元気そうな姿を見て

少しだけ安心していたのですが、

完全に元気とは言えない姿が

時折見られることと

一向に減らない好物のカステラが

“春”の訪れを知らせていました。

 

 

 

孫(まご):看護師

 

やーまんが東京へ帰った

1週間後、4月16日。

 

祖父は強い倦怠感と

全身状態の悪化にみまわれ

入院加療が必要となりました。

 

これまで、

自分のことは全て自分自信で

行ってきた祖父にとって、

人の手を借りなければ生活できない

状況は辛く、

また、日に日に悪化する体調に

心の整理が追いつかず、

不安だったのだと思います。

 

普段は私に対して、

決してわがままを言わない祖父が、

 

お爺ちゃん
お爺ちゃん

悠太(やーまん)、

帰ってこい。

 

そう話しました。

 

私は祖父が単に会いたがっているだけには

感じ取れず、

自分の最後を悟っている感覚に

あるのだと思いました。

そして、

 

“最後に孫に面倒を見てもらいたい”

 

そう思っているのだと

感じました。

 

実際、やーまんがそう感じたのには

理由があります。

 

高校3年生の夏、

私が看護師を目指すと知った時の

いつかの祖父母が

 

 

そう話していた事を思い出したからです。

正直あの時は

 

 

と思ったし、

半分冗談だとも思っていました。

 

けれど、最後の最後を迎えた

祖父の言葉は

とても純粋な“本心”でした。

 

突然の事で

決断をするのには

少し時間を要しましたが、

私は再度、青森へ帰省する事を

決意しました。

 

やーまん
やーまん

帰ろうかな。

 

2019年4月27日、

再度青森へ帰省します。

 

🍀次回へ続きます🍀

 

 

 

 

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